口腔粘膜の癌化と口腔癌の臨床病理

兵庫医科大学・歯科口腔外科学講座、病院病理部  櫻井 一成

 本邦における口腔癌の発生率は、全癌中約2%に過ぎないが、世界では年間約50万人が罹患し、全癌中5番目に発生率が高い。本邦では毎年約15,000人の患者発生とともに年間約7,000人が本癌により死亡していると推定されている。頭頸部領域において口腔癌は約36%と最多で、以下喉頭癌(約30%)下咽頭癌(約10%)の順となっている。口腔癌の好発年齢は50〜70歳代で、95%以上は40歳以上で発生をみる。また男女比は約2:1、部位別頻度では、舌(約37%)および歯肉(約32%)発生例が約7割を占めている。
 口腔癌の一般的組織型は角化型扁平上皮癌であるが、疣贅状癌のほか、ときに腺様および基底細胞様扁平上皮癌などの亜型も見受けられる。またその臨床病態は多様で、他の口腔粘膜疾患と類似することもしばしばであり、生検による確定診断は不可欠である。臨床病期のII期後半からIV期を主体に、所属リンパ節転移がしばしばみられるが、遠隔転移は比較的少ない。一般的治療法は、早期癌では手術単独、進行癌では手術+放射線、化学療法が主体であり、免疫療法に加え、最近では超選択的動注化学療法や分化・アポトーシス誘導療法なども行われつつあるとともに、遺伝子治療の開発へ向けての試みがなされている。なお口腔癌の5年累積生存率は60〜70%前後とみられ、概ねI期では80〜90%(早期癌は95%以上)であるのに対し、IV期では30〜40%程度である。
一方、口腔粘膜の発癌因子には、遺伝的要因、喫煙やアルコールなどの刺激物、う歯および不適合義歯による慢性刺激、HPV感染、口腔衛生状態不良などが、また前癌病変として白板症、紅板症、扁平苔癬、粘膜下線維症などが挙げられている。本講習会においては、「口腔癌」の現状を紹介するとともに、口腔癌の臨床病理学的多様性について掘り下げていきたいと考えている。

唾液腺腫瘍

大阪歯科大学・口腔病理学講座  和唐 雅博

【はじめに】
 筋上皮腫は、1991年、WHOの唾液腺腫瘍の分類で初めて記載されたまれな疾患である。筋上皮腫は、多形性腺腫の構成成分が偏ったものとみなされるが、多形性腺腫と異なり基本的に腺管形成が認められない病変である。腫瘍細胞のほとんどが腫瘍性筋上皮細胞からなりその優位な細胞の形態から上皮様細胞型、紡錘細胞型、淡明細胞型および形質細胞様細胞型に分類されているが、これらの細胞型が混在していることが多い。好発部位は、耳下腺と口蓋の無痛性の腫瘤として見いだされる。
【症例】
 症例1)60歳代、男性。右軟口蓋部に類円形の直径1。5 cmの腫瘤を認めたが、疼痛などの自覚症状は認められなかった。腫瘤は弾性軟で、表面は平滑で健常色であった。
 病理組織学的に腫瘍細胞は、好酸性の細胞質を有し偏在した核をもつ形質細胞様の細胞形態を示し、硝子様物質で周囲を囲まれ増殖していたが、腺管様構造は認められなかった。なお、被膜は認められた。免疫染色はcytokeratin-AE1/AE3(CK)、 S-100蛋白、 vimentin、 α-smooth muscle actin(α-SMA)やGFAPに強陽性を示した。
 症例2)50歳代、男性。右鼻翼部から口蓋に腫脹が認められたため他医院で悪性唾液腺腫瘍のもと摘出術を受けた。しかし、その後同部に再発し、本学口腔外科を受診し再度摘出術を受けた。
 病理組織学的に腫瘍細胞は、類円形の核および淡明な細胞質を有し、充実性に一部嚢胞様構造を形成していたが。腺管様構造は認められなかった。また、腫瘍細胞は被膜を破壊し浸潤増殖していた。免疫染色は、良性筋上皮腫と同様な反応を示した。
【鑑別診断】
良性と悪性筋上皮腫の鑑別は、浸潤の有無、細胞異型、壊死の有無や細胞増殖能などにより行うが、免疫組織化学的染色の結果に差はみられない。多形性腺腫は、腺管様構造やmixed(pleomorphic)appearancが認められるが、免疫組織化学的には筋上皮腫と同様にCK、 S-100蛋白、 vimentin、 α-SMAやGFAPに陽性像を示す。とくにGFAPは、唾液腺腫瘍のうち多形性腺腫と筋上皮腫に陽性であり、他の唾液腺腫瘍では陰性であるので鑑別に有用である。腺様_胞癌では、篩状構造や2層性導管様構造などの組織像が認められる。よって上記の疾患を鑑別する必要がある。

歯原性腫瘍周辺性エナメル上皮腫(peripheral ameloblastoma)ー

大阪大学大学院歯学研究科・口腔病理学講座  岸野 万伸

エナメル上皮腫(ameloblastoma)は、口腔領域では比較的頻度の高い顎骨中心性にみられる病変であるが、まれに歯肉軟組織に発生することがあり、周辺性エナメル上皮腫(peripheral ameloblastoma)として知られている。由来としては歯肉軟組織への歯提の遺残、あるいは口腔粘膜上皮の基底細胞が可能性として考えられている。
 肉眼的には、1〜2cm大の無痛性のポリープ状腫瘤として現れることが多く、骨への浸潤はみられないが、ときに圧迫吸収を来すことがある。また、表面が疣贅状の外観を呈することもある。発生年齢は顎骨内のameloblastomaに比較して中高年によくみられ、発生部位は一般的には上顎より下顎の臼歯部歯肉に多い。切除後の再発はまれである。
 組織学的にperipheral ameloblastomaは、顎骨内のameloblastomaとほぼ同様の組織像を呈し、濾胞型に相当する形態を示す場合が多い。すなわち、表層上皮下に島状あるいは索状のエナメル器に類似する構造を示す腫瘍胞巣が増殖し、しばしば胞巣中央に角化傾向や嚢胞形成がみられる。また、腫瘍胞巣が被覆口腔粘膜上皮と連続している部位を認めることもある。
 鑑別診断としては、肉眼的にはエプーリス(epulis)や他の周辺性歯原性腫瘍、pyogenic granuloma、疣贅状の外観を呈する場合にはpapillomaやverrucous carcinomaなどが挙げられる。組織学的には周辺性歯原性線維腫(peripheral odontogenic fibroma)において、歯原上皮成分が多い場合に鑑別が困難なことがあり、また、被覆上皮との連続性が認められる場合には、squamous cell carcinomaやbasal cell carcinoma、verrucous carcinomaが鑑別の対象となる。いずれの場合にも、胞巣内部に星状網構造がみられ、辺縁にreverse poralityを示す円柱状細胞が配列するエナメル器類似の構造を認めることにより、鑑別診断が可能となる。