Olfactory Placodeにおける神経発生の理解で氷解する嗅神経芽腫の特殊性と鑑別診断の問題点
滋賀医科大学臨床検査医学講座(検査部・病理部) 岡部英俊 

 WHOの神経腫瘍分類ではOlfactory NeuroblastomaおよびOlfactory Neuroepitheliomaは神経上皮腫瘍の中のNeuroblastic Tumorに分類され、再生能力のあるOlfactory Sensory NeuronのReserve Cellから発生すると推定されておりOlfactory Placodeとの関連が記載されている。 しかしながら、WHOのTextではOlfactory Placodeの特性や、他の神経上皮との組織発生上の違いについては十分な解説がなされておらず、このことが実際の診断の場での鼻腔腫瘍の所見の解釈や神経内分泌癌との鑑別診断の混乱の源になっている。 嗅神経の発生原基であるOlfactory Placodeは、視神経を除く脳特殊感覚神経などとともに、他の中枢神経の原基の神経管や末梢神経原基の神経堤(Neural Crest)などとは位置的に離れた非神経性の外胚葉上皮組織の中に形成されるPlaocdeに属し、神経管・神経堤よりはるかに古い系統発生的な起源を有している。 Placodeは神経管やNeural Crestとは異なった神経細胞の分化様式を有しているが、中でもOlfactory Placodeの神経発生様式には際立った特徴が認められる。 以下に述べるOlfactory Placode由来の神経の発生様式の正しい理解がOlfactory NeuroblastomaやNeuroepitheliomaの特徴や神経内分泌癌との鑑別上の問題が論理的を解決する上で極めて重要と思われる。
Olfactory Placodeに由来する神経細胞は神経管および神経堤から発生する神経細胞と異なり神経への分化開始後も胎生期の早期にはNCAMに加えてKeratinと、E-Cadherin, Ep−CAM(Ber-Ep4)を発現し続ける。 また、嗅神経細胞は成熟後も粘膜内に神経細胞体上皮性支持細胞に囲まれて存在し、Dendriteの先端に繊毛を有し、Ep-CAM(Ber-EP4)を発現し続けるという特性がある(Okabe 1996、1997)。 さらに、胎児期にはOlfactory Placodeからは嗅神経以外LHRH Neuronを脳に遊走するが、これらの神経細胞は線毛を持たず一般的な神経細胞の形態を有し、分化生途上にはKeratinやBer-EP4に加え、Tyrosine HydroxylaseやPeripherinおよびα‐Internexinを発現する。我々は多数の鼻腔腫瘍を、Olfactory Placode由来の神経細胞の発生途上の特徴と比較解析した結果、Olfactory NeuroblastomaおよびOlfactory NeuroepitheliomaではOlfactory Placodeに由来する神経細胞の発生途上の形質が保たれていることが認められた(Okabe 1997)。したがって、これらの腫瘍はOlfactory Sensory NeuronのReserve Cellの腫瘍というよりは胎生期のOlfactory Placodeの由来の分化様式を保持した腫瘍と考えられ、その分化様式は神経管や神経堤に由来するものと基本的に異なっている。 このため、鼻腔腫瘍では、神経内分泌マーカーと上皮性のマーカーのKeratin, Ep-CAM,E-Cadherinなどの共発現を同定することは神経内分泌癌の診断の根拠とは成しえず、正確な鑑別にはNCAM, Peripherin, α‐Internexinなどの免疫染色で神経突起の形成を確認することが欠かせない。また、LHRHおよびTyrosine Hydroxylaseの免疫染色も嗅神経腫瘍の診断には有効である。
なお、Olfactory NeuroblastomaあるいはNeuroepitheliomaでは他部位の神経芽細胞腫やPNETなどと異なり、未熟神経系細胞マーカーのNestinを認めることはほとんどないが、これはOlfactory Placode内では神経系への分化の初期にNestinを発現しないことを反映した現象と思われる。 また、我々は、上皮系のマーカーを発現せず、NCAMとNestinを発現している場合には、横紋筋肉腫である可能性が高いことを経験しており、Desmin、ActinのみならずMyoD1など他の骨格筋マーカーをチェックして慎重に鑑別診断を進める必要性を実例に即して解説する。