会報  社団法人日本病理学会  第158号 平成12年(2000年)12月刊
 
 
  • 目次

  • 病理検体を学術研究、医学教育に使用することについての見解について

     社団法人日本病理学会は、病理検体を学術研究、医学教育に用いるに当たっての留意するべき事項を検討してきたが、以下のとおり、平成12年11月29日、理事会見解として発表された。
     会員各位、各機関におかれましては、参考としてご活用下さい。

    平成12年11月29日
    社団法人日本病理学会理事会
    病理検体を学術研究、医学教育に
    使用することについての見解

     近年、遺伝子研究を中心とする医学研究の新しい展開に伴い、病理検体(診断および治療の目的で生検、外科手術、剖検等によって患者より採取された組織・細胞を言う)を学術研究や医学率育(研究・教育)に用いるにあたっての対応の見直しが求められている。本理事会はこの問題について検討し、以下の諸点の認識と実行が必要であるとの結論に至ったので、ここに見解として発表する。本見解は病理検体取り扱いの倫理性にかかわる問題に直面している会員への指針であるが、同時に日本病理学会の本件についての考えを広くご理解頂くために、会員外にへも発表するものである。
     

    1. 病理検体を用いた研究・教育を行うにあたっては、高い倫理性をもってこれを行うことが必要である。ここでいう倫理性の中には、患者のプライバシーの充分な保護、患者の尊厳、人権、利益の充分な尊重、研究目的と手段が科学的に理にかなったものであることなどが含まれる。これらの倫理的要件を保障するために、各診療機関、および研究・教育機関は(1)これらの要件をそれぞれの機関がもつ倫理綱領のなかに具体的に書き込むこと、また(2)研究・教育の実施に先だってその計画が倫理綱領を逸脱していないことを審査し、また実施に際してこれを監視する機構(倫理審査委員会等)を設け、部外者が理解できるような透明性をもった形でそれを機能させること、等が必要である。

    2.  
    3. 病理検体のうち、診断に要した部分をのぞいた余剰分を、医学、医療の進歩のために研究・教育に使用するに際しては、そのことについて事前に患者もしくは代語者(親権者、親族等)から文書による同意を得ることが望まれる(例文添付)。

    4.  
    5. 第一項、第二項に記載した倫理的要件が備わっている場合、病理検体を研究・教育に使用することはその必要性、重要性に鑑み肯定的にとらえられるべきである。このことは病理検体を用いた遺伝子解析についても同様である(補逸1参照)。

    6.  
    7. 研究・教育機関は病理検体を用いた研究・教育を実施するにあたっての規則を定めておく必要がある。その規則には、上記第一項、第二項を明記すること、検体管理監督責任者としての診療機関長及び検体管理責任者としての病理医等の責務等を明記すること、診療機関に提出する検体使用申請書および実施状況報告書の様式を示すこと、さらに留意事項として病理医等の検体管理責任者の理解と協力が研究実施のひとつの前提であることと、その計画の実行にあたって病理診断業務を阻害しセはならないことなどが書き込まれることが必要である。また診療機関は研究者・教育者より病理検体を使用した研究・教育を実施したいとの申請があった場合、審査および実施状況点検の方法について明確にしたうえでこれに対応する必要がある。

    8.  
    9. 病理医は、その業務上の必然性から病理検体の管理責任者の役割を担っていることに鑑み、病理検体を用いた研究・教育の計画に対しては、検体管理責任者としての立場から倫理審査に加わることが望まれる。さらに病理医は、承認された研究・教育に対して、業務上許容できる範囲内において積極的に協力すべきであり、他方ではそれが正当に行われているか否かを監視する責務を与えられるべきである。病理医が病理診断業務を円滑に行い、かつ検体管理責任者としての任務を十分に果たすために、病理医についての強固な社会的認知と育成が必要である。

    10.  
    補逸 1 病理検体を用いた遺伝子検索について
     病理検体を用いた遺伝子検索には、(1)その患者の診断・治療を直接の目的とする場合と、(2)患者を特定しない研究・教育の場合がある。前者はその患者についての遺伝子診断であり、今回の見解の範囲外の事項であるが、この場合はいうまでもなく、遺伝子診断上の倫理規定に従って対応されるべきである。後者は本見解の範囲にある事項であり、この場合は計画に対して個別的な倫理審査が行われるべきである。一方、病理検体を用いる研究・教育についての倫理規範が示される以前に採取されたためその利用についての承諾が得られていない検体の遺伝子検索については、その研究・教育の計画が上述の第1項に記した倫理規定を満たすものであれば、承認可能な案件として審査することを妨げる必要はない。
    補逸 2 
     2000年11月に公表されたヒトゲノム解析研究に関する倫理指針案(ゲノム指針案)は、研究的なヒトのゲノム解析に限定した指針であり、診断および教育のための遺伝子解析はその範囲外としている。今回の病理学会の見解(病理見解)は研究・教育のための指針であり、病理見解で言う研究の中には患者の診断を目的としないゲノム解析が含まれ、ここに本見解とゲノム指針の重なる領域がある。我々は研究活動としてのゲノム解析を病理検体を用いて行う場合には、それに対応する個別的な研究計画の倫理審査がなされるべきであると考える。またその審査にあたってはゲノム指針案にもとずくプロセスを経ることを推奨する。本見解における検体の認識は、ゲノム指針におけるB群の検体の認識と対応する。


    補逸 3 細胞・臓器バンクについて

     病理検体の余剰分を細胞・組織バンクに寄託するにあたっては、診療施設は寄託することについての患者もしくは代講者の同意を得ておく必要がある。またその検体は病理検体管理責任者の同意のもとに連結不可能な形の匿名化をして提供されることが必要である。
    (参考例、手術承諾書と組として手術前に承諾を得る)


    病理検体を学術研究、医学教育に使用
    することについての説明と同意書

    (説明)

    口 あなたの手術で切除される組織(以下、あなたの組織と呼びます)の一部を医学の研究や教育のために使用させていただきたいと考えております。これを用いた研究や教育は、医療や医学を進歩させるために、また医師などの医療従事者を育てる上でかけがえのないない貴重なものです。

    口 あなたの組織の一部を研究や教育に用いる場合、本病院は、お名前などあなた個人を特定できる情報が一切羽らかにならない形で行うことをお約束いたします。

    口 あなたの組織を用いる研究・教育は、倫理面で十分な配慮をもってこれを行うことをお約束します。ここでいう配慮の中には、あなたのプライバシーを完全に保護すること、あなたの尊厳、人権、利益を完全な形で尊重すること、研究や教育の目的と手段が科学的に理にかなったものであることを病院として確認すること、などが含まれます。このお約束を確実なものにするために、本病院では、研究や教育の計画が守るべき倫理面での条件を逸脱していないかどうかを審査いたします。

    口 特に遺伝子の検索について、あなたやあなたのご家族などに不利益をもたらすようなことを決して行わないことをあらためてお約束します。

    口 あなたが今回、手術で切除される組織の一部を研究や教育のために使用することに同意されなくても、それによって不利益をうけることは一切ありません。

    口 あなたが今回、ここで同意された後も、いつでも同意を撤回することによって計画を中止させることが出来ます。

    口 当院ではあなたの組織の管理の監督責任は院長が、また実際上の管理責任はXXX(病理部長、検査部長など)が負っています。

    口 あなたの組織の一部を細胞・組織バンクに提供することが求められた場合は、細胞・組織バンクについてあらためてあなたに説明をいたします。あなたにはその上でそれを受諾するかしないかの判断をして頂きます。
     

    (同意書)

    XX病院長 ○○ ○○殿       平成○○年○月○日

    口 私は、今回の手術で切除される組織の一部を医学の研究や教育のために用いることについて、十分に説明を受けました。また、今回の協力については、ここで同意したあと、いつでも同意が撤回できることを確認しましたので、今回の手術で切除される組織の一部を医学の研究や教育のために使用されることに同意いたします。

    平成  年  月  日

    氏名(自筆)
      (代諾者            )

    口 私が書面及び口頭で十分な説明を行い、理解および同意が得られたことを確認いたします。

                         医師 ○○ ○○

     
     
     

    参考文献

    1. Grizzle W, Grody WW, Noll WW, Sobel ME, Stass S A, Trainer T, Travers H, Weedn V, Woodruff K : Recommended Policies for Uses of Human Tissues in Research, Education and Quality Control. Arch Pathol Lab Med 123: 296-300. 1999 

    2. Grizz1e WE, Woodruff KH, Trainer TD : Thepathologist's ro1e in the use of human issues in research-1ega1, ethical、and other issues.  Arch. Pathol Lab Med 120: 909-13. 1996

    3. LiVo1si VA : Use of human tissue blocks for research.  Am J Clin Pathol 105: 260-1. 1996

    4. 松村外志張ら:ヒト組織・細胞の研究目的での取り扱いについて 組織細胞工学23: 32-35. 1999

    5. 遺伝子研究に付随する倫理問題等に対応するための指針、厚生科学審議会先端医療技術評価部会、平成12年4月28日

    6. ヒトゲノム解析研究(遺症手解析研究等)に関する倫理指針(素案)(平成12年11月)

    7. 米国生命倫理諮問委員会報告書(未入手)


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