病理検体を学術研究、医学教育に使用することについての見解について
社団法人日本病理学会は、病理検体を学術研究、医学教育に用いるに当たっての留意するべき事項を検討してきたが、以下のとおり、平成12年11月29日、理事会見解として発表された。
会員各位、各機関におかれましては、参考としてご活用下さい。
近年、遺伝子研究を中心とする医学研究の新しい展開に伴い、病理検体(診断および治療の目的で生検、外科手術、剖検等によって患者より採取された組織・細胞を言う)を学術研究や医学率育(研究・教育)に用いるにあたっての対応の見直しが求められている。本理事会はこの問題について検討し、以下の諸点の認識と実行が必要であるとの結論に至ったので、ここに見解として発表する。本見解は病理検体取り扱いの倫理性にかかわる問題に直面している会員への指針であるが、同時に日本病理学会の本件についての考えを広くご理解頂くために、会員外にへも発表するものである。
病理検体を用いた遺伝子検索には、(1)その患者の診断・治療を直接の目的とする場合と、(2)患者を特定しない研究・教育の場合がある。前者はその患者についての遺伝子診断であり、今回の見解の範囲外の事項であるが、この場合はいうまでもなく、遺伝子診断上の倫理規定に従って対応されるべきである。後者は本見解の範囲にある事項であり、この場合は計画に対して個別的な倫理審査が行われるべきである。一方、病理検体を用いる研究・教育についての倫理規範が示される以前に採取されたためその利用についての承諾が得られていない検体の遺伝子検索については、その研究・教育の計画が上述の第1項に記した倫理規定を満たすものであれば、承認可能な案件として審査することを妨げる必要はない。補逸 2
2000年11月に公表されたヒトゲノム解析研究に関する倫理指針案(ゲノム指針案)は、研究的なヒトのゲノム解析に限定した指針であり、診断および教育のための遺伝子解析はその範囲外としている。今回の病理学会の見解(病理見解)は研究・教育のための指針であり、病理見解で言う研究の中には患者の診断を目的としないゲノム解析が含まれ、ここに本見解とゲノム指針の重なる領域がある。我々は研究活動としてのゲノム解析を病理検体を用いて行う場合には、それに対応する個別的な研究計画の倫理審査がなされるべきであると考える。またその審査にあたってはゲノム指針案にもとずくプロセスを経ることを推奨する。本見解における検体の認識は、ゲノム指針におけるB群の検体の認識と対応する。
補逸 3 細胞・臓器バンクについて
病理検体の余剰分を細胞・組織バンクに寄託するにあたっては、診療施設は寄託することについての患者もしくは代講者の同意を得ておく必要がある。またその検体は病理検体管理責任者の同意のもとに連結不可能な形の匿名化をして提供されることが必要である。
(参考例、手術承諾書と組として手術前に承諾を得る)
(説明)
口 あなたの手術で切除される組織(以下、あなたの組織と呼びます)の一部を医学の研究や教育のために使用させていただきたいと考えております。これを用いた研究や教育は、医療や医学を進歩させるために、また医師などの医療従事者を育てる上でかけがえのないない貴重なものです。
口 あなたの組織の一部を研究や教育に用いる場合、本病院は、お名前などあなた個人を特定できる情報が一切羽らかにならない形で行うことをお約束いたします。
口 あなたの組織を用いる研究・教育は、倫理面で十分な配慮をもってこれを行うことをお約束します。ここでいう配慮の中には、あなたのプライバシーを完全に保護すること、あなたの尊厳、人権、利益を完全な形で尊重すること、研究や教育の目的と手段が科学的に理にかなったものであることを病院として確認すること、などが含まれます。このお約束を確実なものにするために、本病院では、研究や教育の計画が守るべき倫理面での条件を逸脱していないかどうかを審査いたします。
口 特に遺伝子の検索について、あなたやあなたのご家族などに不利益をもたらすようなことを決して行わないことをあらためてお約束します。
口 あなたが今回、手術で切除される組織の一部を研究や教育のために使用することに同意されなくても、それによって不利益をうけることは一切ありません。
口 あなたが今回、ここで同意された後も、いつでも同意を撤回することによって計画を中止させることが出来ます。
口 当院ではあなたの組織の管理の監督責任は院長が、また実際上の管理責任はXXX(病理部長、検査部長など)が負っています。
口 あなたの組織の一部を細胞・組織バンクに提供することが求められた場合は、細胞・組織バンクについてあらためてあなたに説明をいたします。あなたにはその上でそれを受諾するかしないかの判断をして頂きます。
(同意書)
XX病院長 ○○ ○○殿 平成○○年○月○日
口 私は、今回の手術で切除される組織の一部を医学の研究や教育のために用いることについて、十分に説明を受けました。また、今回の協力については、ここで同意したあと、いつでも同意が撤回できることを確認しましたので、今回の手術で切除される組織の一部を医学の研究や教育のために使用されることに同意いたします。
平成 年 月 日
氏名(自筆)
(代諾者 )
口 私が書面及び口頭で十分な説明を行い、理解および同意が得られたことを確認いたします。
1. Grizzle W, Grody WW, Noll WW, Sobel ME, Stass S A, Trainer T, Travers H, Weedn V, Woodruff K : Recommended Policies for Uses of Human Tissues in Research, Education and Quality Control. Arch Pathol Lab Med 123: 296-300. 1999
2. Grizz1e WE, Woodruff KH, Trainer TD : Thepathologist's ro1e in the use of human issues in research-1ega1, ethical、and other issues. Arch. Pathol Lab Med 120: 909-13. 1996
3. LiVo1si VA : Use of human tissue blocks for research. Am J Clin Pathol 105: 260-1. 1996
4. 松村外志張ら:ヒト組織・細胞の研究目的での取り扱いについて 組織細胞工学23: 32-35. 1999
5. 遺伝子研究に付随する倫理問題等に対応するための指針、厚生科学審議会先端医療技術評価部会、平成12年4月28日
6. ヒトゲノム解析研究(遺症手解析研究等)に関する倫理指針(素案)(平成12年11月)
7. 米国生命倫理諮問委員会報告書(未入手)