病理検査部門等における医療事故防止対策について


はじめに

 昨今の続発する医療事故に対して、有効な防止対策を確立することが喫緊の課題である。A大学医学部附属病院における患者取り違え手術や、B大学附属病院で生検検体の取り違えにより、肺感染症患者を肺癌と診断し手術を施行するという医療事故が発生した。医療事故防止のための重要なポイントとして、事故に関する情報を共有し、共通の教訓とすることが挙げられている。検体取り違えがいかにして起こったのか、その再発防止のために何をすべきなのか、以下のとおり取りまとめたので、各病院における取り組みの参考としていただきたい。
 

1 事故の概略

2 原因分析

3 改善策

1 事故の概略

 肺癌の疑いで入院していたX氏に対して、気管支鏡による肺組織の病理組織検査を実施し、その結果、肺癌及び非定型抗酸菌症と診断し、手術(右肺下葉切除術及び縦隔リンパ飾郭清術)を施行した。しかし、手術により切除した肺の病理組織学的検査の結果、非定型抗酸菌症病変が認められたものの、癌は確認されなかった。

 X氏に対する気管支鏡検査当日、同じく肺癌の疑いで入院していたY氏に対しても同様の検査が実施されていたことから、X氏とY氏の組織が病理標本を作製するまでの一連の流れの中で何かの原因で入れ替わったことが疑われ、病理標本の組織像の比較検討及び血液型判定を行ったところ、組織の取り違えがあった事実が判明した。

 さらにY氏については検査結果では癌細胞が確認されなかったものの、画像上肺癌が強く疑われたことから、CTガイド下肺生検を実施した結果、癌組織が確認され、手術(左肺下葉切除術及び縦隔リンパ節郭清術)を施行した。

 なお、切除した肺組織の病理組織検査結果で癌組織が確認されている。

 両症例の術後経過は良好であった。

2 原因分析

1)B大学における病理組織採取から病理組織診断報告書作成までの手順

  1. 気管支鏡検査時に病変組織を採取(生検)し、カセットに入れる。(医師)


     

  2. その場でホルマリン固定液入りボトルに組織の入ったカセットを入れる。(医師)


     

  3. ボトルに患者氏名を記載したラベルを貼る。(医師)


     

  4. ボトルと病理組織検査依頼伝票(以下伝票)を病理部受付に運ぶ。(医師)


     

  5. 病理部受付担当者(技官)と持参者(医師)が、伝票の名前とボトルの貼付氏名を照合し確認する。(医師、技官)


     

  6. 受付担当者はその場で病理検査システム(コンピュータ)に、ID番号、依頼情報、検査部位などを入力し登録する。受付番号(病理番号)、氏名、受付日は自動付与される。(技官)


     

  7. 同時に伝票に病理番号を印字する。(技官)


     

  8. 伝票とボトルに貼付されている名前を確認の上、ボトルに病理番号(以下番号)を油性ペンで記入し、固定室の生検用トレイに移す。(技官)


     

  9. ボトルをボトルに書かれた番号順に並べ、ボトルにある番号と氏名、依頼伝票の番号と氏名を照合する。さらにカセット内の検体(生検組織)個数を確認し、カセットに番号を書く。(技官)


     

  10. カセットをホルマリン固定液入りボトルに入れ再固定する。(技官)


     

  11. カセットを自動包埋器にセットする。(技官)


     

  12. 伝票を見ながら、番号と個数を確認しつつ、1カセットごとにパラフィン包埋ブロックを作成する。(技官).


     

  13. 伝票を見ながら、ブロックの番号を確認し、薄切標本を作る。この標本をスライドガラスに載せるが、その時にブロックの切り口と番号を照合し、番号をスライドガラスに記入する。(技官)


     

  14. 標本を染色する。(技官)


     

  15. 伝票に従い、検体の種類、番号を確認し、染色された標本が載っているスライドガラス(染色標本スライドガラス)を特殊な入れ物(マッペ)に並べる。(技官)


     

  16. 病理ラベルを検査システムプリンターで印刷する。(技官)


     

  17. 伝票とラベルの番号と染色標本スライドガラスに記載されている番号を照合しながら、スライドガラスに病理ラベルを貼る。(技官)


     

  18. 染色標本スライドガラスを伝票とともに病理医に提出する。(技官)


     

  19. 病理診断医が染色標本を顕微鏡で検査し、病理組織予備診断を下す。(医師)


     

  20. 最終病理組織診断は、上級病理診断医がダブルチェックした上で決定し、報告書を作成する。

2)取り違えを起こした手順

 上記手順12で作成されたパラフィン包埋ブロックを検討した結果、すでにこの段階以前に取り違えが起こっていることが確認された。検査当日、内視鏡検査室では最初にY氏に対して生検を行った。Y氏の検体は主治医がボトルに入れ病理部受付に運搬し、当該ボトルにはあらかじめ病棟でY氏の氏名を記載しておいたラベルを貼付した。X氏とY氏の入院病棟は異なっていた。内視鏡検査室では、Y氏の検査終了後、内視鏡の洗浄、部屋の整備の後、X氏の検査の準備を行い、X氏が入室した。X氏の生検後、X氏の検体もX氏の主治医が病理部受付に運搬した。内視鏡検査室においてX氏の検体とY氏の検体が同時に存在した可能性は極めて低かった。

 病理部の受付で、Y氏の検体には病理番号*-****1が付与され、その後皮膚科の患者さんに*-****2が、そしてその後にX氏の検体に*-****3が付与された。番号の付与の際には、病理の受付担当者は伝票の氏名とボトルに貼付されているラベルに記載の氏名を照合の上、ボトルに油性ペンで番号を記入し、固定室の生検用トレー内に移した。*-****1Y氏の検体)の受付処理の終了以前にX氏の検体が病理の受付に到着しない限り、受付での取り違えは起こり得ない。両氏の生検標本採取時間には30分以上の差があると想定されること、及び検体の受付処理に要する時間は数分間であることから、直ちに受付を行っていれば、病理受付での取り違えの可能性は低いと考えられる。

 病理部の固定室では、担当技官が検体の入った20個のボトルを生検用トレーから肉眼検査室の台の上に番号順に並べ、1検体ずつ伝票とボトルの氏名及び番号を照合し、カセットを開けて検体の個数等を確認した上、カセットに当該病理番号を記載した。この処理の後、検体はホルマリン液で再固定され、同時に患者氏名等の書かれたラベルが貼付してある標本ボトルは破棄された。この後、検体は自動包埋されるので、故意にカセットを開けて入れ替えない限り取り違えは起こらない。本手順においてのみ両氏の検体が近接して存在したことは明確であり、かつ未だ病理番号が記載されていない状態のカセットに入った検体が標本ボトルから取り出され、カセットが開けられた。担当技官は取り違えた自覚はないとのことである。

3 改善策

 標本の取り違え事故は、その性質上、事後の調査により原因が特定し得ないことがある。本件においても、詳細な調査を行ったが、いつどのようにして取り違えが起こったのかを結論付けることはできなかった。しかし、その調査の過程で、潜在的に取り違えの危険をはらんでいる処理手順が多数指摘され、改善策が筑波大学より提示された。さらに医学教育課が、6大学(東京大学、筑波大学、千葉大学、山梨医科大学、信州大学、京都大学)の病理検査部門を対象として、今回の事故を踏まえた上での、業務内容の改善策について医療事故防止対策アンケートを行った。重複する内容もあるが、以下にその概要を記す。
 

1)筑波大学による事故再発防止策
・生検の介助者は、生検終了後直ちに生検ボトル及び生検組織入れ(カセット)に患者 氏名を記入することを徹底
・検体運搬用の箱を設け、1検査で得られた1個人の検体をその箱に入れて検査終了後 直ちに病理部受付へ提出
・ラベル貼付時に患者氏名、検体が正しいことをレジデント及び教官でダブルチェック し、検査台帳に当該チェックが行われたことを確認するサインを必ず実行
・呼吸器内科マニュアルに検体取り違えに関する注意を喚起する文言を追加
・標本と伝票の確認作業の徹底
・検体の処理中に他の業務を行うことを禁止
・病理検査用ホルマリンボトルヘの病理番号記入を黒マジックから赤マジックに変更
・生検検体の全ての伝票に検体処理者の氏名を記入
・生検検体の処理開始時刻を現行の午後4時から午後3時に繰り上げ
・検体番号、受付等をバーコード方式にすることについての検討を開始
・検件の取り違えを確認する補助的手段である血液型の免疫染色に用いる抗体を常備

2)医学教育課による病理検査部門の医療事故防止アンケート結果(抜粋)
・検体採取容器・カセットに氏名を可及的速やかに記入し、記入者を決めておく
・病理組織検査申込書に患者情報を記入することの徹底
・検体採取に病理担当者の立ち会い、または、検体を医師が直接提出
・バーコード化、各種自動化機械導入の早急な検討
・各処理段階でのダブルチェック
・複数検体の一括処理の禁止
・ブロックとスライドの標本の外形の類似性の確認
・病院診療システムと連携した病理検査コンピュータシステムの導入
・医療事故防止マニュアルの充実、及び病理部門におけるリスクマネージャーの任命

 今回の医療事故は、生検標本の取り違え事故であったため、改善策も、生検標本を対象としたものが中心となっている。しかしながら、実際には病理組織検査の検体は、臓器、腫瘍、体液など形状・大きさが多彩であり、それぞれに対して業務手順の再確認が必要と考えられる。病理組織検査の検体は、それ自身では患者識別に役立たない点によく留意し、多段階でのダブルチェックを含む取り違えを未然に防ぐシステムを構築することが肝要と考えられる。また、正しいという思いこみに基づいた確認は確認としての機能を果たさないことから、「機械的なダブルチェック」ではなく、人間は誤りを犯すものという前提に立った、誤りを発見しやすい形でのチェックが施行される必要がある。同時に、より高度の機械化・バーコードシステムの導入等で誤りを減少させることができるのかについても検討すべきと考えられる。
 病理部における検体処理手順は各大学により異なる部分もあり、ここに示した改善案が必ずしもそのままあてはめられない場合もあると考えられるが、それぞれの施設における業務内容の点検・改善に役立てていただきたい。また、検体取り違えのみに限定せず、病理部における業務の全体を再度検討・解析し、医療事故を減少させてほしい。


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