膿胸関連リンパ腫とEpstein-Barr virus

大阪南医療センター臨床検査科 

中塚 伸一


 悪性リンパ腫は感染に関連する悪性腫瘍の最も代表的なものである。

 感染に関連するリンパ腫には胃MALTリンパ腫のように病原体の感染が引き起こす局所の炎症環境がリンパ腫発生の主たる原因になるものと、バーキットリ ンパ腫のように感染した病原体が宿主リンパ球を形質転換することによってリンパ腫が発生するものとがある。今回、Epstein-Barr virus(EBV)に感染したBリンパ球が外因性の炎症環境を背景にして腫瘍化するという独特の発生メカニズムを示すリンパ腫として、膿胸関連リンパ腫 (Pyothorax-associated lymphoma, PAL)を紹介する。

 PALは1987年に大阪大学の青笹によって提唱された疾患概念であり、2004年に出版されたWHO腫瘍分類においてPALは胸膜に発生するリンパ腫 として収載されている。PALは20年以上の長期にわたる膿胸の後に胸壁に発生するB細胞性リンパ腫として定義づけられる。大部分の症例は肺結核あるいは 結核性胸膜炎に対する人工気胸術の合併症として膿胸の既往を有する。通常型のびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(diffue large B-cell lymphoma, DLBCL)とほぼ同様の年齢分布、性比を示し、病期はI、II期が多い。血清中のneuron-specific enolaseが高値を示すものがあるため臨床診断の際に肺癌との鑑別が問題となることがある。組織学的には大部分がDLBCLの像を示し、腫瘍細胞は免 疫芽球様の形態を示すことが多い。

 PALは免疫組織化学、in situ hybridization、PCRなどにより85%の症例において、腫瘍細胞内でのEBVの潜伏感染状態が確認され、通常型のDLBCLとは明瞭な対照 を為す。腫瘍細胞内のEBVはモノクローナルであり、腫瘍発生のごく初期段階ですでにB細胞に感染しているものである。腫瘍細胞でのEBV潜伏感染遺伝子 の発現はEBNA-2(+)、LMP-1(+)を示し、いわゆるlatency IIIのパターンをとる。EBNA-2、LMP-1ともB細胞の不死化、腫瘍化において重要な役割を果たす物質と考えられ、細胞内シグナル伝達の活性化に よりbcl-2、c-fgr、IL-6などの遺伝子の発現亢進を促している。また、こうしたウイルス関連蛋白は宿主の免疫監視の対象となるが、PAL症例 の大部分は全身性の免疫抑制状態を伴わない。これは腫瘍細胞の産生するIL-10などの抑制性サイトカインによる局所の免疫抑制状態、HLA class I抗原の発現減弱、ウイルス抗原の変異などが宿主免疫監視からの回避に作用しているものと考えられる。

 PALではこのようにEBVによって不死化されたBリンパ球が、膿胸という炎症環境においてIL-6などのサイトカイ
ンにより増殖が維持されるとともに、活性酸素種などのDNA傷害による遺伝子変異の蓄積を経て、overtなB細胞性リンパ腫へと転換するものと考えられ る。PALでしばしば認められるアポトーシス、DNA修復に関与する遺伝子異常もこの過程で遺伝子異常の蓄積に寄与すると考えられる。

 DNAマイクロアレイによる解析では、PALは通常型のDLBCLとは明瞭に異なる遺伝子発現プロファイルを示し、interferon- inducible protein 27の発現が特異的に亢進していることが示されている。これはPALという臨床病理学的に確立した疾患概念が遺伝子発現レベルでも独立したプロファイルを 示すことが証明された結果でもある。PALは感染と炎症とリンパ腫発生の関係を考察する上でモデルとなる疾患であり、今後もリンパ腫研究において新たな テーマを提供し続ける重要な疾患である。