Helicobacter pylori感染と胃癌・胃リンパ腫

大阪医科大学 第一病理学教室

江頭由太郎 


 1983年にMarshalとWarrenによってHelicobacter pylori(;Hp)の胃からの分離培養がなされて以来、上部消化管疾患の病態生理の概念は大きく変容した。近年の研究では、Hpは消化性潰瘍、胃炎の 原因であるばかりか、胃癌やリンパ腫との強い関連性が指摘されている。

【Hp感染と胃癌】
 多くの前向き疫学調査により、Hp感染者が非感染者に比して有意に胃癌発生率が高かったとのデータが示され、WHO/IARCは1994年にHpを胃癌 の確実な発癌因子“definite carcinogen”と認定した。その後、動物実験によりHp感染は胃癌発生におけるプロモーター作用を担うことが相次いで報告された。ま た、近年、疫学的介入研究(Hp除菌群と非除菌群で胃癌発生率を観察)においてもHp感染と胃癌発生の因果関係が示されつつある。Hpの病原性因子のうち で最も研究が進んでいるものは、サイトトキシン関連蛋白(CagA)である。CagA蛋白の細胞内標的がチロシンフォスファターゼSHP-2であることが 明らかになり、Hpの蛋白が直接標的分子に結合することにより癌化に関与する可能性が注目されている。欧米の報告では、HpのうちでもCagA陽性株への 感染が、より高い胃癌リスクであるとしている。当初、Hpと関連が深いのは分化型癌と考えられていたが、現在はHp感染の胃癌発症のリスクは分化型癌と未 分化型癌との差はなく同程度と考えられている。胃粘膜内分化型癌において癌周囲粘膜のHp感染率をみると、腸型分化型癌に比して胃型分化型癌に高い傾向が みられた。

【Hp感染と胃リンパ腫】
 Hp感染と胃低悪性度MALTリンパ腫(;MALTリンパ腫)の発生・発育との深い関連性は、1993年にWotherspoonがHp除菌療法の有効 性を報告したことに端を発する。疫学的に、MALTリンパ腫の大多数はHp関連の慢性胃炎を伴っていることが示され、Parsonnetらのコホート研究 ではMALTリンパ腫患者は対照群に対してHp感染歴が優位に高いことを報告している。現在ではMALTリンパ腫の約90%にHpの感染がみられ、Hp除 菌によるMALTリンパ腫の改善率は60%〜70%とされている。Hp感染によるMALTリンパ腫発生のメカニズムはいまだに充分解明されていないが、 Hp特異的T細胞の産生するIL2などの非特異的な刺激を介して、marginal zoneのある特定の非特異的B細胞が単クローン性に増加し、さらに腫瘍化すると考えられている。Hp陰性MALTリンパ腫の50%以上にt(11: 18)(q21:q21)転座によるAPI2-MALT1キメラ遺伝子が認められる。また、Hp除菌無効のHp陽性MALTリンパ腫の大多数にもAPI2 -MALT1キメラ遺伝子が認められる。なお、API2-MALT1キメラ遺伝子陽性のMALTリンパ腫はほとんど高悪性度転化しないと考えられている。 びまん性大細胞型Bリンパ腫(;DLBL)のHp陽性率は低いが、Hp陽性DLBLがHp除菌治療によって緩解治癒する例も少なからず報告されている。

【胃生検診断とHp】
 Hp感染が慢性胃炎の原因であり、さらには胃悪性腫瘍とも強く関っているという視点に立つと、日常の胃生検診断においてもHp感染の有無を記載すること は必要と考えられる。Hp菌量が多い場合は、HE染色でも比較的容易にHpの同定が可能である。しかし菌量が少ない場合の正確なHpの同定・診断には特殊 染色や、免疫組織染色が必要である。Giemsa染色は感度が高く、低コストで簡便であり、推奨される染色法である。1990年に胃炎の臨床病理学的表記 法の標準化のために提唱された“Sydney System”では、病理組織学的な記載項目としてHpに加え、小円形細胞浸潤、好中球浸潤、萎縮、腸上皮化生が挙げられている。