B型、C型肝炎と肝発癌

大阪市立大学 病理病態学

伊倉 義弘



 肝細胞癌は、ウイルス感染との関連性が明らかな、数少ないヒト悪性新生物の1である。世界中の肝細胞癌症例の70%以上が、B型肝炎ウイルス(HBV) あるいはC型肝炎ウイルス(HCV)に関連したものであり、これら2種のウイルスは最も重要な肝発癌因子とみなされている。しかしながらHBV、HCVに よる発癌過程には、一定の癌遺伝子の関与は明らかでなく、本当の意味での「癌ウイルス」なのか否かについて、未だに議論が続いている。
 現在のところHBV、HCVとも、発癌過程に対する直接的および間接的作用が示唆されている。「間接的」とは、慢性感染状態により誘導される患者/宿主 側の諸病態が、発癌促進的に作用することを指す。例えば、ウイルス感染に基づいた、壊死炎症反応による肝細胞の傷害と再生の繰り返しは、肝細胞の細胞老化 をもたらし、そのような老化肝細胞中での遺伝子の不安定性が重要な一要因であると理解されている。また、慢性炎症および肝硬変/線維化の成立ちに寄与して いる様々な増殖因子や活性酸素などは、発癌過程に促進的に作用しうることが知られており、その関与が示唆されている。
 「直接的」作用機序ついては、HBVとHCVの間で、若干の相違がある。その理由は、HBVがDNAウイルスであり、宿主のゲノムDNAに直接インテグ レーション可能であるのに対し、HCVはプラス鎖RNAウイルスで逆転写酵素を持たず、そのためウイルス遺伝子は肝細胞に感染後も細胞質内にとどまり、ゲ ノムDNAに直接影響することはないという、両者のウイルス学的な相違点にある。
 HBV DNAのうち、肝細胞癌内に最も高頻度に検出されるのは、HB X 遺伝子(HBx)である。このHBxそのものは、前述のごとく、これまでに報告されているいかなる癌遺伝子配列をも内包しておらず、発癌過程におけるその 意義は十分には理解されていない。しかし実験的事実の蓄積は、インテグレーション部位近傍のゲノム遺伝子に影響を与えるなどによる発癌過程への寄与の可能 性を示してきている。
 一方、HCVの直接的作用は、さらに不明瞭な点が多いが、ウイルス遺伝子産物の感染肝細胞内での多様な病原作用が明らかとなり、主に動物実験による解析 の結果、いくつかの構造あるいは非構造蛋白がHCV関連発癌因子の候補としてあげられている。例えばコア蛋白は、感染肝細胞に脂肪化をもたらし、増大した 酸化ストレスの結果、肝発癌を誘導しうることが判明している。
 HBV、HCVによる発癌過程の解明には、さらなる新知見の積み重ねと、そのための時間を要するであろう。現時点では、抗ウイルス療法をはじめとする治 療や感染予防などによる慢性肝炎患者数のコントロールこそが、肝細胞癌制圧のための現実的かつ最も有効な手段と考えられる。