唾液腺腫瘍の組織診断 ‐診断の手順と鑑別のポイント‐


広島大学病院口腔検査センター                
小川郁子
広島大学大学院医歯薬学総合研究科口腔顎顔面病理病態学研究室  
高田 隆

唾液腺腫瘍は,頭頚部に発生する腫瘍の約5%,全身の腫瘍の中では約1%を占めるに過ぎない稀な腫瘍であるにもかかわらず,多数の腫瘍型に組織分類され, 組織像が複雑・多彩であるため,「診断の難しい腫瘍」というイメージを持たれている.しかし,唾液腺腫瘍の特徴を踏まえた手順に従って診断を行えば,確定 が困難な症例は多くはない.そこで,今回,まず,2005年に改訂されたWHO病理組織分類の変更点について簡単に触れ,診断の手順と鑑別のポイントをコ ンサルテーションの多い腫瘍型の解説を加えながら概説する.

1.WHO分類(2005)の変更点

第2版(1991)との大きな違いはないが,報告症例の蓄積からlymphadenomas (sebaceous, non-sebaceous), clear cell carcinoma, NOS, low-grade cribriform cystadenocarcinoma, sialoblastoma が新たな腫瘍型として追加された.また,第2版ではcarcinoma in pleomorphic adenoma (malignant mixed tumour)のなかに含まれていたcarcinoma ex pleomorphic adenoma, carcinosarcoma, metastasizing pleomorphic adenomaを独立させ,undifferentiated carcinomaは,large cell carcinomaとlymphoepithelial carcinomaとに分けられた。その結果,腫瘍型はより多数となって37(悪性24,良性13)が網羅的に挙げられ,組織診断の困難さを助長させる感 は否めないが,組織像と生物学的態度との対応を図った分類となっており,臨床病理学的に有用であることには間違いない.

2.診断の手順

 特徴的な組織像の認識が確定診断に直結する場合が多いが,
 ・1つの腫瘍型のなかにさえも多数の組織構築,細胞形態が存在する.
 ・異なる腫瘍型に共通する組織構築,細胞形態が存在する.
という複雑さが特徴的な所見を的確に捉えることを困難にしている.そこで,一定の手順に沿って診断を進めることが大きな間違いを防ぎ,正確性に繋がる.

(1)臨床的特徴の理解

 WHO分類では羅列的に記載されているが,発生頻度の高いものと低いものとの差は大きく,良性腫瘍であればpleomorphic adenoma, Warthin tumour, basal cell adenomaが,悪性腫瘍ではacinic cell carcinoma, mucoepidermoid carcinoma, adenoid cystic carcinoma, carcinoma ex pleomorphic adenomaが多い.また,好発部位(大唾液腺,小唾液腺),好発年齢,性差などの特徴を有するものがあり,臨床情報が鑑別に有用な指標となる場合もあ る.例えばbasal cell adenoma/adenocarcinoma, oncocytoma/oncocytic carcinoma, acinic cell carcinoma, epithelial-myoepithelial carcinoma, salivary duct carciomaなどは,主に大唾液腺(特に耳下腺)に発生し,一方,多くが小唾液腺に発生するものにはcanalicular adenoma(上唇), ductal papillomas, polymorphous low-grade adenocarcinoma(口蓋), clear cell carcinoma, NOSなどがある.さらに,良/悪性腫瘍の発生頻度に大きな差がみられる部位があり,口腔底(舌下腺),臼後部,舌,下唇に発生する腫瘍は,多くが悪性で ある.

(2)肉眼性状の確認

 悪性腫瘍であっても細胞異型に乏しい腫瘍型が多いため,良/悪性の鑑別には腫瘍辺縁部での浸潤性や多結節性増殖の有無の確認が重要となる.割面での出 血,壊死も悪性を示唆する所見ではあるが,大唾液腺では細胞診,小唾液腺では外傷性潰瘍による2次的変化の可能性もあるので,解釈には注意を要する.

(3)特徴的な組織構築の把握

 充実性,管状,篩状,乳頭状,嚢胞状,充実性,索状,束状などの組織構築(パターン)とその組み合わせを的確に把握することにより,確定診断に至る例が 多い.しかし,前述のように組織構築と特定の腫瘍型とが1対1で対応している訳ではないため,特徴的な所見か,組織学的バリエーションかの識別が必要とな る場合があり,次に述べる細胞所見,分化の方向の確認を加えて判断することになる.なお,多彩な組織像を特徴とする腫瘍型としてはpleomorphic adenoma, polymorphous low-grade adenocarcinomaがよく知られているが,acinic cell carcinoma, epithelial-myoepithelial carcinomaも広い組織学的バリエーションを有する.

(4)細胞所見,分化の方向の確認

 唾液腺腫瘍は,多様な細胞所見を示すが,腫瘍型に特徴的なもの(例えば,pleomorphic adenoma, myoepithelioma/myoepithelial carcinomaにおけるplasmacytoid cell)もあり,細胞・核の形態や染色性の違いの認識は,鑑別に役立つ.さらに,唾液腺腫瘍の組織像の多彩さは,構成細胞として腺上皮と筋上皮/基底細 胞様細胞が関わり,それぞれが多様な形態や化生を示すことによっているため,診断の確定に当たっては,腺上皮あるいは筋上皮/基底細胞様細胞のみからなる のか,両者で構成されるのかを判断することが1つのポイントで,免疫染色所見がその補助となる.“腫瘍性筋上皮マーカー”として は,α-SMA, calponin, CK14, p63, S-100, GFAPなどを組み合わせて用いることが必要で,S-100の局在の違いが腫瘍型の絞り込みに有用な場合がある.なお,筋上皮/基底細胞様細胞が関わる腫 瘍型では,粘液様あるいは硝子様基質を伴うことが多いのも特徴である.また,oncocyte,扁平上皮,粘液細胞,明細胞,脂腺細胞などへの分化(化 生)が腫瘍型の特徴像か,バリエーションかの判断も重要であり,例えば,oncocyteが出現する腫瘍であっても,腺上皮性(特徴像:Warthin tumour, oncocytoma/oncocytic carcinoma, 化生:mucocpidermoid carcinoma, acinic cell carcinoma)か,筋上皮性(化生:myoepitheolioma/myoepithelial carcinoma)かにより診断は異なってくる.腫瘍型に特徴的(特異的ではない)なマーカー発現としては,高悪性度腫瘍であるsalivary duct carcinomaにおけるandrogen receptor, GCDFP-15が確定に有用である.  
 なお,唾液腺腫瘍では腫瘍型の特定が悪性度の判定に繋がるが,adenoid cystic carcinoma, mucoepidermoid carcinomaではさらに組織像による悪性度のgrade分類がなされている.また,acinic cell carcinoma, adenoid cystic carcinomaに代表される低/中悪性度腫瘍から高悪性度腫瘍が発生した“脱分化”領域を確実に捉えることも臨床的に非常に 重要である.
 本講演が診断の現場で役立つことがあれば幸いである.