卵巣境界悪性腫瘍―最近の考え方
京都大学医学部附属病院病理診断部
三上 芳喜
境界悪性腫瘍とは臨床病理学的概念であり、予後の観点から良性と悪性の中間に位置づけられる腫瘍群である。その定義と診断基準は腫瘍の起原、組織型よっ
て異なり、腫瘍の組織型が決定した段階で境界悪性腫瘍として扱われる場合、分化度によって規定される場合、など様々である。共通している点は、卵巣限局例
では予後良好であるが、腹腔内播種、リンパ節転移といった卵巣外進展を示し、再発を繰り返す予後不良例も存在する、ということである。従って、境界悪性腫
瘍は外科的病期決定の適応となり、かつ継続的な経過観察が必要な腫瘍であるといえる。本講演では特に表層上皮性・間質性境界悪性腫瘍を取り上げ、その概
念、最近の考え方を病理学的視点から解説する。
1.表層上皮性・間質性境界悪性腫瘍の定義と診断基準
病理組織学的には、表層上皮性境界悪性腫瘍は上皮の増殖と軽度から中等度の細胞異型を示し、かつ破壊性間質浸潤を示す腫瘍と定義されている(2003,
WHO; 2004,
Silverbergら)。癌腫でみられるような高度の細胞異型がみられても、間質浸潤がない場合には、上皮内癌と呼ばれる。また、間質浸潤が径3mmな
いし10平方ミリを超えない場合には「微小浸潤microinvasionを示す境界悪性腫瘍」と診断される。
2.漿液性腫瘍 Serous tumors
漿液性境界悪性腫瘍serous borderline
tumor (SBT)におけるリスク要因としては、(1)病期、(2)間質浸潤、(3)微小乳頭状パターンmicropapillary
patternの有無、(4)インプラントimplantの有無およびタイプ、(5)リンパ節病変、(6)悪性転化、が挙げられる。微小浸潤はSBTの
10~15%で認められる。文献的には予後に与える影響はないと考えられているが、5年以上の経過観察を行った場合には生存率が約70%であるとの報告も
ある。微小乳頭状パターンを示すSBTは特に間質浸潤、浸潤性インプラントを伴うリスクが高いことが知られている。漿液性腺癌に比べて予後は良好である
が、微小乳頭状パターンを示さない典型的なSBTと比較してⅢ期症例では生存率が低いことが報告されている(100% vs
80%)。リンパ節病変はSBTの約20%の例で認められ、予後に与える影響は少ないと考えられているが、径1cm以上の場合、微小乳頭状パターンを示す
場合、破壊性浸潤を示す場合には予後不良であることが示唆されている。インプラントは腹膜組織の破壊の有無によって浸潤性インプラントと非浸潤性インプラ
ントの2つに分類される。非浸潤性インプラントの場合には予後良好であるが、浸潤性インプラントの場合には化学療法の適応となり、生存率が低い。文献的に
は、死亡率はそれぞれ4.7%、34%である。しかし、非浸潤性インプラントであっても10年以上経過観察を行った場合には死亡率が20%に達することが
MDアンダーソン癌センターから最近報告されている。また、10年~20年を経てインプラントを背景に高悪性度の漿液性腺癌が発生する例があることも知ら
れている。
3.粘液性腫瘍 Mucinous tumors
粘液性腫瘍のリスク要因として、(1)病期、(2)上皮内腺癌の有無、(3)浸潤の有無、(4)組織亜型、(5)腹膜病変、が挙げられる。かつては高度
の細胞異型や重積を示す場合は粘液腺癌と診断されていたが、現在は間質浸潤をもって癌と診断される(2003, WHO; 2004,
Silverbergら)。高度の異型を示していても間質浸潤がない場合には転移、再発が稀であるため、上皮内腺癌とみなされる。漿液性腫瘍と同様に浸潤
が径3mmに留まる場合には「微小浸潤を伴う境界悪性腫瘍」と診断される。しかし、微小浸潤が通常の境界悪性病変、上皮内腺癌のいずれに関連するかによっ
て予後に差があるか否かについては結論が出ていない。粘液性境界悪性腫瘍は腸型と内頸部型に2分される。腸型は粘液性腫瘍の85%~90%を占め、杯細
胞、パネート細胞の混在によって特徴づけられる。両側性の例は稀で、腫瘍径は20cmと大きい。大部分は多房性である。腹膜病変は腹膜偽粘液腫のかたちを
とる。これに対して内頸部型は10~15%を占め、内膜症との合併が多く、しばしば両側性である。腫瘍径は平均6cm程度で、単房性であることが多い。組
織学的には一見漿液性境界悪性腫瘍に類似した乳頭状構築を示し、上皮は頸管腺上皮に類似する。ただし、卵管上皮に類似した線毛細胞の混在がしばしば認めら
れる。内頸部型の腹膜病変は漿液性腫瘍と同様にインプラントの形式をとる。
粘液性境界悪性腫瘍の腹膜病変は病理組織学的には、(1)腫瘍の破綻による粘液の逸脱(粘液性腹水mucinous
ascites)、(2)逸脱した粘液の器質化organized mucinous
ascites、(3)粘液溜の形成による腹膜組織の破壊と線維化mucin dissection with
fibrosis、に分けられ、3つめのパターンが治療抵抗性かつ予後不良な古典的腹膜偽粘液腫に相当する。粘液性腹水とその器質化の場合には予後は良好
であると考えられている。難治性の腹膜偽粘液腫を伴う卵巣粘液性腫瘍は、現在はその大部分が虫垂原発の低悪性度虫垂粘液性腫瘍に起因するものであると考え
られている。
文献
1. Silverberg SG, Bell DA, Kurman RJ et al.
Borderline ovarian tumors: key points and workshop summary. Hum Pathol
2004;35:910-7.
2. WHO Classification. Pathology and Genetics of
Tumours of the Breast and Female Genital Organs. Lyon: IARC Press; 2003.