臨床医からみた卵巣腫瘍
鳥取大学医学部付属病院がんセンタ―、センター長・教授
紀川 純三 先生
卵巣癌の罹患率および死亡率は明らかに増加傾向にある。年間の卵巣癌罹患者は6000-7000人と推定され、死亡数は4231人と死亡率は高い。
疫学的研究により、(1) 卵巣癌の発症は閉経後に多く、半数は65才以上で占められていること、(2)
家族発生は5〜10%にみられ、その70%にBRCA遺伝子の変異が関与すること、(3)
月経回数と相関し、妊娠は卵巣癌発生率を10%まで減少させ、未妊婦は危険群に入ること、(4) 早期初経、晩期閉経も危険を高めること、(5)
BMIと相関し、体重が最も重かった時期の肥満度と卵巣癌の発生は相関すること、(6) ピル内服期間が長いほど卵巣癌の相対危険率は低下し、
3年間のピル服用では30〜40%、5年以上の服用では60%相対危険率が減少することなどが知られている。
卵巣腫瘍は無症状で進行することが多く、有効な検診法が無いため70%以上がIII-IV期の進行癌で発見される。BRCA1遺伝子に異常を有する婦人
では、50-80% が乳癌を、15-40% が卵巣癌を発症し、BRCA2遺伝子の異常では、50-85% が乳癌に、10-20%
が卵巣癌になると予測される。 BRCA遺伝子の異常を示す婦人に対して予防的卵巣摘出術は選択肢の1つであるが、(1)
術後に長期のホルモン補充療法が必要となり乳癌のリスク上昇の可能性があること、(2) 腹膜癌のリスクはなくならないこと、(3)
遺伝子診断の技術的・倫理的・法律的問題点で解決していないことから、標準的には行われていない。以上のことから、卵巣癌の確実な予防法はない。
卵巣癌の標準治療法は確立されており、積極的な腫瘍減量術(Cytoreductive
surgery)とタキサンとプラチナ製剤による化学療法が行われる。卵巣癌に対する化学療法は高い奏効率を示すものの、多くの再発癌では化学療法耐性を
示し進行癌症例の予後はいまだ満足すべき状況にはない。
婦人科医が病理医に求めることは、(1) 進行期の診断のための胸水・腹水の細胞診 、(2) 術式の決定のための迅速診断(術中診断) (3)
予後の予測のための組織型・分化度の判定である。上皮性卵巣癌には組織の多様性があり、組織型に応じた治療法が考慮されるようになった。化学療法に抵抗性
を示す明細胞腺癌と粘液性腺癌について述べる。
日本では、明細胞腺癌の上皮性卵巣癌に占める割合は、1970年代には4.4%であったのに対し2001年に21.4%と約5倍となり、明らかに増加し
ている。一方、米国の報告では、明細胞腺癌の頻度は2.5-8.7%と低く、スウェーデンにおける770例の検討でもわずか4.0%であった。
子宮内膜症は卵巣癌の14.1%に合併し、組織型別の頻度は明細胞腺癌で39.2%、類内膜腺癌で21.2%と高頻度に合併する。一方、漿液性腺癌と粘
液性腺癌では内膜症の合併頻度は3.3%と3.0%であり、比較的低く、内膜症と明細胞腺癌との関連が示唆される。
明細胞腺癌の臨床進行期別頻度は、I期が50-60%、III期が20%程度で漿液性腺癌のおのおの20-30%、45-60%に比して有意にI期症例が
多い。欧米やFIGOのannual reportでも同様の傾向が見られる。漿液性腺癌ではKi-67 Labeling
Indexは幅広く分布し、平均値が38.8%であるのに対して、明細胞腺癌では全ての症例が40%未満であり、平均値は18.4%と有意に低い値を示し
た。したがって、明細胞腺癌における低い細胞増殖能が、比較的初期癌が多いことや化学療法抵抗性の一因であると考えられる。
WHOでは、粘液性腺腫瘍をCytadenoma 、Borderline(intestinal / endocervical)、Non
invasive、
Invasive、Metastasisに、分類している。最近は、粘液性腺癌の多くが転移性であることが報告されている。原発巣は、消化器癌が最も多く
45%を、次いで膵臓癌が20%を占める。CK7、CK
20、CA125、CEA、ER/PR、WTの発現は消化器癌と卵巣粘液性癌とに差はなく、生物学的特性が近いことが示唆される。多施設共同研究で粘液性
腺癌を集積して、central pathological review
を行った成績では、集積症例189例中、粘液性腫瘍は151例であり、粘液性腺癌と診断できたのは64例(34%)のみであった。粘液性腺癌の70%はI
期症例であり、手術で完全に腫瘍摘出が出来た症例の予後は良好である。一方、進行癌で不完全手術に終わった例の予後が不良であり、化学療法の効果は極めて
低く、新たな治療戦略が望まれる。
卵巣癌治療においても、分子標的治療を含めて治療の個別化が進みつつある。組織型別に腫瘍の生物学的特性を理解した対策が必要であり、今後、病理医と婦人科腫瘍医とのさらなる連携が求められる。